アラバマ留学日記'90 #2

私の年齢はと言いますと26歳で渡米しました。
周りの留学生から見ると年上でした。でもあまり年齢を不利に感じたことはなかったですね。

さて1996年6月。

いよいよアラバマ大学のあるアラバマ州タスカルーサへ飛び立ちます。不安よりワクワクの方が強かったです、若かったですからね、怖いもの無しです。
両親も職場の同僚も見送りに来てくれました。関東圏の友人も成田空港まで来てくれました。嬉しかったなぁ。

飛行機は確かデルタかアメリカン。安いので乗り継ぎが多いフライトで、成田→LA→シカゴ→どこか→タスカルーサでした。シカゴ泊での乗継フライト。若かったから出来る技ですね。ロスでは学生VISA(I−20と言う)を見せないといけないんだけど、黒人のおじさんに「WHY ALABAMA??」って驚かれました。まぁそうなんでしょうね、アメリカ人からしてみると。

無事にタスカルーサに到着すると、そこはど田舎の小さな空港。6月の日差しが眩しくて暑かったのを覚えています。空港の周りは建物は皆無で一面大草原。急に不安になってきました・・・『ここで良いのだろうか?ちょっと想像と違ったかも・・でもこれもアメリカ!』と思うことにします。そしてドキドキの初!アメリカの公衆電話でタクシーを呼びます。すると、映画で見るような大きなタクシーが意外と早くにやってきました。運転手は痩せ型の黒人のおじさん、というかおじいさん。愛想の良いフレンドリーな感じで色々話しかけてくれました。今でも覚えています、私が「大学までどれくらいかかりますか」と尋ねたら、「Are you in a big hurry?」と返ってきました。「大急ぎ」=「big hurry」って言うんだなぁって感動!

語学学校は一週間後に始まるので、それまでは街中にある大学から斡旋されたモーテル(日本でいうビジネスホテル)【スーパー8】に宿泊します。1日35ドルくらいだったかな?安いですけど、部屋は広かったし綺麗でした。学校からの情報では日本人が二人くらい同じモーテルに泊まっているとのこと。ほっとしましたねー。ここに泊まっていた女の子とその後1年間、一緒にアパートを借りて住むことになるんです、そういえば。

近くにショッピングモールがあって食事はそこのフードコートで買って食べました。安いし、そのボリュームに圧倒されましたね。中華料理が懐かしくて美味しかったなぁ。けれど何もしない1週間は結構退屈で、モールの本屋さんで時間を潰しました。何度行ったことでしょう。

そんな暇な時間も終わり、ついに大学へ移動する日が来ました。この日から大学寮に住うのです。ホテルと大学は距離があるので、大学が車で私たちをピックアップしてくれます。とうとう同じホテルに宿泊していた日本人にも会えます、どんな人かな〜ワクワク  続く



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