翔ぶが如くの旅⑨

<6月11日(火)>最終日です

この日は9:20から、鹿児島の町歩きツアーに参加します。「西南戦争の城山を歩く」みたいなテーマのコース。もう一つ「木曽川治水を成し遂げた薩摩藩士」コースも、「孤愁の岸」を読んでからとっても惹かれたのですが、今回の旅は「西南戦争」目的なので前者に。後者は来年にとっておきます!!!!!


ホテルをチェックアウトし、シティビューバス始発に乗車。城山でおります。それにしても熊本の市電の運転手さんも鹿児島の市電・バスの運転手さんもとっても言葉が柔らかくて親切で良いね。京都市バスとは大違い。京都のは乗りたくないもん、怖くて。


集合時間までまだ時間があったので展望台へ行きますが、もやがかかってます・・・。
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あれこれするうちに時間。ここも参加者は私だけ・・・。ガイドさんごめんなさい。ガイドさんは女性のベテラン。優しいし知識豊富だし(当たり前かw)、とても楽しい2時間でした。

西郷洞窟。この左にある洞窟は防空壕じゃないかとガイドさん。この洞窟は結構広いんですよね。
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城山の薩軍の陣。たった数百人でよくこんな保塁を作ったものだよね。
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洞窟から西郷のように降ってくるとJR線路があるのですが、そのトンネル口に西郷の座右の銘「敬天愛人」。西郷の筆跡そのままだそうです。このトンネル反対入り口には大久保利通の「為政清明」があるそうです(見れない)
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そして現在の洞窟~西郷最期の地までの舗装された道は、多分、西南戦争時と同じじゃないかとのことでした。この日は樹木整備みたいなのがあって碑前に工事道具が・・・・。
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私の好きな村田新八も、桐野利秋も、まだまだ若い島津啓次郎も、みんなこの碑のあたりで亡くなったのでしょう。官軍(下級)兵士も元は百姓だったりするので(武士教育がされてなかったので)、賊軍遺体を切り刻んだりなどの凌辱が横行したらしいです。「綺麗な戦争」なんてものはなくて、これが「戦争の現実」だってのを農民上がりの官軍鎮台兵に教えられたって司馬遼太郎の本に書いてあった。皮肉ですね。

この後は一番行きたかった南洲墓地へ。西郷さんはじめ、薩軍さんにお参り。
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西郷どん。いつもお花がありますね。
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大好きな村田新八。ヒマワリの花が。後ろに息子「岩熊」の墓もあります。親子は前後に並んでるそうです。
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米国帰りの秀才、村田岩熊。田原坂「馬上の美少年」は岩熊モデルと言われているそう。
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篠原国幹。西郷に次ぐ大幹部。西郷さんの右隣(確か)にあります。この人は、薩摩の「ぼっけもん」。3月の吉次峠の戦いで戦死しましたので城山にはいません。熊本のガイドさんが言うには、西郷さんの実弟である小兵衛を死なせたとの思いが早死にさせたんじゃないかとの事。なるほど・・・・。
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その西郷小兵衛。西郷隆盛の弟さんです。
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そして桐野利秋。女性からもモテ、少年からも信頼厚かったらしいですね。桐野はオシャレさんだったのでフランス製の香水をいつもシュッシュしてたとか。遺体からも香水の香りがしたとか・・・。
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・・・とここで容量マックスだー!また明日~!













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