翔ぶが如くの旅⑦

<6月10日(月)>3日目

今日は鹿児島へ移動するのですが、午前は玉名市の町歩きツアーに参加です。参加者は私一人。申し訳ありません・・・・。費用は2400円。ちと高いですが、玉名のお菓子屋さんの詰め合わせがお土産でもらえます。

ガイドさんはそうだなぁ70後半かな?の男性。とっても優しい方でした。ありがとうございました。

玉名は、貿易港として昔から栄えた町だそうで、西南戦争の難を逃れたエリアは古い建物がたくさんありました。また、お寺が多いそうです。

対面式のタバコ屋さん。昭和にタイムスリップした感じ。
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「延久寺」西南戦争時、野戦病院として機能したそうです。田原坂や木葉なんかの負傷者が主だったとガイドさん。高瀬官軍墓地に眠る395名の埋葬者のうち、302名がここ延久寺に運ばれた方。死傷者で寺の敷地がいっぱいになったそうです。
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高瀬官軍墓地(跡)。ここはいっぱいの墓石が並んでいたのですが、保育所建設のために取り壊されて合祀塔となりました。もう保育所もないですが・・・。官軍墓地の墓石は「天草砂岩」を使用したそうです。
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ここは高瀬で有名なお酢やさん。樽がかなり古い。戦火は逃れたエリアだそうです。ここに官軍・有栖川宮の書があったかな・・・うー忘れた。
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裏高瀬川だったかな?菖蒲の花が綺麗でした。
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高瀬眼鏡橋。馬門石(まかどいし)を使っているそうです。天皇の石櫃に使われている石なんですって。そしてこの眼鏡橋の最後の1ブロックを「かなめ石」だったかなぁ・・・っていうそうなのですが、それを埋め込む時は石工責任者は失敗したら切腹覚悟で裃を着用したらしい!それにしても江戸時代の人の数学物理レベルすごいな。円周率を知らないと出来ないかなり難しい工事とのこと。もちろん、接着剤なんてものは使ってませんよ。楔もね。
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西南戦争の関ヶ原と言われる、高瀬の会戦。この菊池川の対岸(南)から、薩軍はせめてきたそうですが、篠原国幹隊が弾丸不足に陥り、他隊の援護もせず退却。これが原因で薩軍は敗北します。結局、この川を渡りきることができず、高瀬の街を奪うことができませんでした。薩軍の北限の街が高瀬です。
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西郷の実弟、西郷小兵衛の戦没碑。
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途中あった西南戦争の弾丸の痕。どこだったかなぁ石垣だったような記憶が・・・。
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今、放送されてる大河「いだてん」の主人公 金栗四三さんの故郷で、ガイドさんも金栗さんのことを話してくれました。女子体育教育に力を注いだそうですね。私は見てないのですが、視聴率が悪くて残念だともおっしゃっていました。見てればよかったとちょっと後悔しました・・・。

熊本県玉名。西南戦争に興味を持たなければ行くことは100%無かったでしょうね。とても歴史がある落ち着いた街でした。来年も熊本と鹿児島行こうと思ってるので今度は自分のペースでゆっくり回ってみようと思います。ガイドさんありがとうございました。

鹿児島に移動しますよー。今日はここまで






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