翔ぶが如くの旅④

<6月9日(日)>二日目

ホテルの無料朝食が食べたかったのだけど時間なく断念。ホテル前にある水前寺公園さえも散歩できませんでした。熊本バンドの師、熊本洋学校の教師だったジェーンズ邸(地震にて倒壊)も行けなかった・・・。

そこまでしてどこへ向かったかというと、「人吉」。鹿児島との県境付近にあります。
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人吉までは、観光列車が3種類走っています。1、いさぶろう号 2、カワセミ号 3、SL の三種。SLに乗ろうかと思ったら満席で、時間的にも一番良かった「いさぶろう号」に決めました。日曜日だったから混むかと思ったら指定席はさほどでなく、ボックス席も私だけでした。時間にして1時間とちょっと、指定席だと3500円だったでしょうか。自由席はほぼ満席だったと思います。

駅でくまモン弁当を買っていざ人吉へ!いざぶろう号は「レトロ」が売り物みたいです。
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日本三大急流「球磨川(くまがわ)」。土?岩?を削ってこのような色になってるんでしょうか?北海道では見たことがない色で見入ってしまいました。この川を薩軍は船で下って八代へ出たのです。
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人吉駅には駅弁売りのおじさんが。帰りはこのおじさんから駅弁を買いました。買うつもりじゃなかったんだけどつい買ってしまう優しい感じのおじいさんでした。
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さて人吉。閑散とした九州の田舎町でした。相良さまの城下町で昔は栄えたんだそうです。温泉町でもあります。今度来るときは温泉宿に泊まってみたいです。
西南戦争のつながりとしては、鹿児島を進発する際、西郷さんが1日人吉に宿泊しています。その後、高瀬→田原坂で敗走を重ね、人吉に入りここで徴兵しながら2年ほど占領して立て直しを図ろうとしたのですが結局はここも33日で去らねばなりませんでした。


まずは永国寺。「幽霊寺」で有名ですが、西南戦争では薩軍本営が置かれました。西郷さんは陣頭指揮は桐野たちに任せて、兎狩りなど楽しんでいたようです。というか、桐野たちが西郷さんが殺されたらこの戦いの大義がなくなってしまうので、とにかく人目に触れさせないようにしたそうですね。なんとも・・・・。
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西郷が書いたもの(多分コピー)。内容は忘れましたが、大久保は私のことを東京で笑っているだろうとかなんとかだったような・・・。
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これは西郷の弟従道の子供が書いたもの。この永国寺で隆盛の法要を行ったことから書いてくれたとか。
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人吉の男子は全て薩軍に従軍したそうです。
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ここが幽霊が出たと言われる寺内にある池。ここに出てきた幽霊を和尚さんが描いたものが寺宝として残っているそうです。西南戦争で寺は焼けたのですがこの幽霊画だけは無事だったとか。レプリカは寺内に飾ってあり無料で見れます。
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人吉城の資料館や武家屋敷にも行きました。武家屋敷は説明もしてくれます。とっても面白くって聞き入ってしまいました。新宮嘉善の父子での戦いの話は泣けます。。。が明日書きます。疲れたので笑

ではまた明日・・・






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