翔ぶが如くの旅③

田原坂からでした。

田原坂の戦いは3月なのですが、2月に熊本の高瀬(今の玉名市)で「西南戦争の関ヶ原」と言われる天下分け目の戦いがあり、薩軍敗北。その後、ここ田原坂では薩軍が押していたのですが、人も武器も「補充」が無い薩軍は徐々に劣勢に。多くの犠牲者を出し、4月には熊本人吉へ後退します。ちなみにこの戦い(正確には吉次峠の戦い)で、西郷に次ぐ幹部である篠原国幹が銃弾に倒れています。大幹部では最初の戦死者でした。

小説”翔ぶが如く”の中で、
「政府軍の得意とするところは、砲兵力であった。薩軍はその落下弾を避けるために凹形道路の両側の土手に無数の横穴をぶち抜いた。また、坂の曲がり角や、道路の要所要所には十数箇所も城櫓のような堅塁を築き上げ、他に土俵を積み上げた小保塁に至っては数百を数えるほどであった。・・・」
と田原坂の描写がされています。

その当時は写真のような高木(竹)はなかったようですので景色は違うんでしょうが、こんな場所で4000人もの方が亡くなるその凄まじさたるや、想像をはるかに超えます。小銃弾などいまだ発掘されるそうです。
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坂の途中に「西南戦争戦没者慰霊碑」がありました。合掌。
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この田原坂。歩くと結構距離があって時間がかかり、この時点で4時近く。車は5時に返却予定なのでもう時間がない!

田原坂の近くに「七本(ななもと)官軍墓地」の看板あり、行ってみることにしました。官軍300名が埋葬されています。陽が眩しかったですが、どことなく沈鬱な空気が・・・墓地なので当然でしょうか。官軍の旗を奪われた河原林少尉のお墓は見つけられませんでした・・・。一人ではかなり寂しい場所です・・・。
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次は「七本薩軍墓地」です。熊本に薩軍の墓地があるのは珍しいようです。そして官軍墓地と違い、畑の真ん中にあり陰になるようなものがありませんでした。逆光ですみません・・・
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まだまだ行きたいところはたくさんあったのですがここでリミット。返却せねば。田原坂から玉名まで20分くらいでしょうか。ゆっくり安全に走ります。車を返して、熊本へ戻りましょう。

熊本駅内で夕食。「一杢」というところ。まーまーですかね。
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今宵のホテルは「エクストールイン熊本水前寺」。古いホテルですが、サービスは満点です。ウェルカムドリンクはコーヒーとか、麦茶とか。
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部屋はこんな感じです。
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おまけで熊本の市電。とっても古いです。でも味があって良いですね。
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続きは明日。。。










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